介護逃れは犯罪です

日々の子育てと介護、過去の記録をとりとめなく書いてます。

母の葬儀

 

母の葬儀式。

前夜、母の生涯と介護の記録をまとめ、11冊のファイルに閉じた。

 

次は喪主の挨拶、感謝を伝えたいのに怒りが邪魔をする、何度も書き直しているうちに朝の四時…眠くなり仮眠をとった。

 

ところが体を揺すられ目が覚めると八時前、斎場入りまで身支度を整えるくらいしか時間が残ってない。

 

書きかけのメモを印刷し斎場へ向かう、やり残したが気になり、斎場では進行の打ち合わせも住職への挨拶も上の空…

 

なんとか用意したファイルだけは参列者へ配布し、葬儀式(…と呼ぶらしい)が始まる。

綺麗に飾られた花祭壇と菩提寺の住職、父の時はひとつも出来なかった事が叶った。

お別れに花を入れ、母は埋まるほどの花に囲まれた。

子らが折り鶴の手紙と、好きだったお菓子を入れた、棺を閉じる時が来た。

最後に手向けの言葉を求められ「あっちでお父さんと仲良くするんだよ!」と声をかけた、死を悼む時は過ぎ、母も私たちも次へ進む。父と母も今度こそ仲良く幸せになってほしいと願った。

 

そして喪主の挨拶を済ませた後、書きかけのメモを頼りに16名へ私と母から、言葉を贈った。

 

従妹姪へ

ふたりを見ると母と叔母が作った夕飯を大勢で食べた頃を思い出します。とても楽しかった母も楽しそうだった。どうか母の事を忘れないでください。

 

末っ子へ

ばーばと二人で三徳(近所のスーパー)に買い物に行くとなかなか、帰ってこなかったね。ばーばも一緒に買い物するのが楽しかったんだと思う。ばーば優しかったろ、だけどばーばも子供の頃は、おまえさんみたくとても元気だったんだって。だから大きくなったら、きっとばーばみたく優しくなるね。

 

長男へ

そろばんから帰ってこないと思ったら、ばーばの家に寄ってたんだな、寂しくならないようにしてくれたんだな。誰も教えてないのに優しくなったな。
最近ぜんぜん遊んでなかった、ごめんな、また遊ぼうな。

 

長女へ

2年生の頃からずっと頑張ってくれた。ばーばとポン太、弟二人のお世話。家の手伝い、お母さんとお父さんの事を助けてくれてありがとう、この生活で一番苦労をかけたのおまえさんだ、ごめんな、ありがとう。

 

姪達

二人が遊びに来るときは、母はいつも張り切っていた。初めての孫、母が一番輝いてた頃だと思う「おかしゃん、こんどは本当の動物園にいこうね」と3歳の甥が言った事、いつまでも楽しそうに話していた。どうか忘れないでください。

 

母の親友

人に好かれる母だったけど、心を開いたのはあなただけでした、最後に母に親友ができてよかったと思ってます。母もずっと忘れないと思う、母のお世話もありがとうございました感謝してます。

 

従姉と叔母

叔母の運転する車に乗り、三姉妹で行き当たりばったりの旅、思い出話がとまらなかった。三人がお金を忘れ宿代を払えなかった話を楽しそうに話してた。

従姉から昔の母の話を聞くと、優しかった母と子供の頃の温かい気持ちがよみがえります。

 

叔母

どんなに母から憎まれ口叩かれても、いつも心配してくれた、健康を気遣ったご飯を作ってくれてありがとう、母を怒らせたのも笑顔にしたのもあなたが一番でした。母も感謝してると思います。助けてくれてありがとうございました。とても感謝しています。

 

私が至らぬところ助けてくださりありがとうございます。パジャマや毛布母も喜んでましたありがとうございます。

 「前日、罵られた仕返しを言いたい気持ちを抑えるのが精いっぱいだった」

 

義兄

あなたのおかげで、私たち家族は父の呪縛から解放されました、感謝してます。

 「許せるない相手だけど、当時は頼りになる兄だった」

 

妻両親

父と母がいなくなった今、私の親は二人だけです。どうかお身体を大切にこれからも元気でいてください。

 

毎日仕事で疲れているのに、母だけでなく、私の心もケアしてくれた。
介護保険の認定、介護サービスの利用、悩みの相談、母の話し相手、ぽんたの世話、通院、母も本当に妻が大好きでいつも会いに来てくれることを楽しみにしていた。本当にありがとう。

 

おわりに

残った私達は、子供に兄弟仲良くすることを教え、一刻も早く万が一時の事を伝えておかねばならないと思います、子供達の為に同じことを繰り返さないよう、どうかお願いします。と、伝えた。

 

そして火葬、精進落とし、会食はせず仕出し弁当、食べるか持ち帰るかは自由、収骨…コロナ渦でこれだけ集まってもらえたことに感謝。

 

介護の揉め事さえなければ、素晴らしい葬儀式だったと思う。

同時にこれが無かったら、ここまで親の死と向かい合わなかったと思う。

 

住職は家族だからこそ悲しみ泣いてくださいと教えてくださった。

だけど私は、感謝と怒りと悲しさが入り交ざり、涙が堰き止められたままだ。